2011年11月10日

紅雲厳島神社 群馬県前橋市紅雲町2-16-12

神社前の広場-厳島神社 (群馬県前橋市紅雲町)
神社前の広場-厳島神社 (群馬県前橋市紅雲町) posted by (C)Rubber Soul

市杵嶋姫(いちきしまひめ)を祀る神社。
抜弁天厳島神社を1日に参拝したのだけど、市杵嶋姫(いちきしまひめ)という神様の名前が出てきたので、他にどこかあったような?という記憶を辿っていったら、前橋市の紅雲町にあった。

前橋市街に入る手前、県道11号が渋滞すると抜け道で通リ抜けてくると、 紅雲厳島神社の前に出てきた。
紅雲とは面白い地名だな、と思っていたが厳島神社を参拝したことはなかったが、境内の奥に御神木があったような覚えがある。とても社殿がコンパクトな神社だった。

境内は公園になっていて、夕方ぐらいに子供が遊んでいるのを見たことがあって、庶民的な神社のような感じだった。その周囲は商店街で、酒屋さんがあったりして忙しく働いているのを良く目にした。

考えてみると、前橋市街や群馬県内の都市に厳島神社があるのは珍しいのじゃないか?

その土地の鎮守様のような感じだったので、参拝するまで至らなかったが良い印象が残っている。
前橋女子校のそばだった。ここを通過して県庁の裏に出て、国体道路に出てから渋川方面に向かった。


宗像三女神(むなかたさんじょじん)の一神、市杵嶋姫(いちきしまひめ)とはどういう神様なのかウキペディアで調べてみました。


宗像三女神(むなかたさんじょじん)は、宗像大社(福岡県宗像市)に祀られている三柱の女神の総称である。

また、朝鮮への海上交通の平安を守護する玄界灘の神として、大和朝廷によって古くから重視された神々である。ムナカタの表記は、『記・紀』では胸形・胸肩・宗形の文字で表している。


概要

『古事記』に「この三柱の神は、胸形君等のもち拝(いつ)く三前(みまえ)の大神なり」とあり、胸形氏ら海人集団の祭る神であった。それが、朝鮮半島との緊密化により、土着神、地方神であった三神が5世紀以降国家神として祭られるようになった。

古事記においては、誓約において、天照御大神が須佐之男命(すさのを)の十拳剣を譲り受けて生んだとされており、須佐之男命の物実(ものざね)から化生したので須佐之男命の子としている。 『日本書紀』については本文と一書で天照大神と素戔嗚尊の誓約の内容が多少異なる。

降臨の地は、福岡県の宗像地方東端の鞍手郡鞍手町の六ヶ岳という山である。

また、には、天照大神が国つくりの前に、宗像三神に「宗像地方から朝鮮半島や支那大陸へつながる海の道は降って、歴代の天皇をお助けすると共に歴代の天皇から篤いお祭りを受けられよ」と示した。このことから、三女神は現在のそれぞれの地に降臨し、祀されるようになった。

『日本書紀』の一書には天照大神が「汝三神(いましみはしらのかみ)、道の中に降りて居(ま)して天孫(あめみま)を助け奉(まつ)りて、天孫の為に祭られよ」との神勅を授けたと記されている。
化生した順

『古事記』

『古事記』では、化生した順に以下の三神としている。

沖ノ島の沖津宮 - 多紀理毘売命(たきりびめ) 別名 奥津島比売命(おきつしまひめ)
大島の中津宮 - 市寸島比売命(いちきしまひめ) 別名 狭依毘売(さよりびめ)
田島の辺津宮(へつみや) - 多岐都比売命(たぎつひめ)

この三社を総称して宗像三社と呼んでいる。
『日本書紀』 [編集]

『日本書紀』では以下のようになっている。

本文
沖津宮 - 田心姫(たごりひめ)
中津宮 - 湍津姫(たぎつひめ)
辺津宮 - 市杵嶋姫(いちきしまひめ)
第一の一書
沖津宮 - 瀛津嶋姫(おきつしまひめ)
中津宮 - 湍津姫(たぎつひめ)
辺津宮 - 田心姫(たごりひめ)
第二の一書
沖津宮 - 市杵嶋姫(いちきしまひめ)
中津宮 - 田心姫(たごりひめ)
辺津宮 - 湍津姫(たぎつひめ)
第三の一書
沖津宮 - 瀛津嶋姫(おきつしまひめ) 別名 市杵嶋姫(いちきしまひめ)
中津宮 - 湍津姫(たぎつひめ)
辺津宮 - 田霧姫(たぎりひめ)

玄界灘に浮かぶ沖ノ島に沖津宮があり、田心姫を祭っている。この島には古代の祭祀跡があり、出土品は一括して国宝に指定されている(宗像大社所有)。


1 概要
2 化生した順

  2.1 『古事記』
  2.2 『日本書紀』
2.3 宗像大社の社伝

以上 ウイキぺディアから転載。


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2011年11月04日

新宿 抜弁天厳島神社 御礼参り

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11月1日に新宿余丁 抜弁天厳島神社に参拝に行きました。
23区内で一番標高の高いところに鎮座する神社です。

今ではビルが周囲に建ち、その存在が薄らいでしまったかのようです。
この神社は八幡太郎・源義家公が奥州鎮定に苦戦していて、この神社から勝利祈願をして、それから戦況が変わり奥州を鎮定して、御礼に厳島神社を建てた、いわば歴史を塗り替えた神社とも言えると思います。
NHKのヒストリアで番組化して欲しいです。

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境内掲示による抜弁天厳島神社の由緒
由来
白河天皇の御世、応徳3年(1086)鎮守府将軍・源義家公は、後三年の役で奥州征伐の途上この地に立ち寄り、遠く富士を望み安芸の厳島神社に勝利を祈願した。義家は奥州鎮定後その御礼に神社を建て、市杵島姫命を祀ったのが当厳島神社の始めと伝えられている。

江戸時代
参道は南北に通り抜けでき、また苦難を切り抜けた由来から、抜弁天として庶民から信仰され、江戸六弁天の一つに数えられている。また山之手七福神を構成する弁財天でもある。


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Y字の所にある抜け弁天が、遠景だとビルの高さに隠れてしまっている感じです。

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南側の鳥居 社名

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北側の鳥居

この様に拝殿を鳥居が二箇所る参道で、この形状から苦難を抜けられる「抜け弁天」と呼ばれる由縁です。


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拝殿

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丸にミツウロコの紋 賽銭箱


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ちょうど20年も前からここに呼ばれていたのと、7年前の11月23日にふとこの神社に参拝して、無事に千葉に移り住む祈願をしたので御礼参りに参拝しました。
初穂料として賽銭箱に奉納します。


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御神酒


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御礼の祈りをします。



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手水舎 


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手水舎は池の上にあります。
池の水はとても綺麗です。錦鯉がいます。手水舎の下からたまに顔を覗かせてたりします。


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境内にある掲示板の説明書きを読みながら、親切にこの神社の由緒を教えてくれたおじさん。
ここから、富士山が見えて八幡太郎が富士山を拝んだ(必勝祈願)したんだと、力説。


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由緒書き 画像クリックで拡大します。


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風のように、南の鳥居から来て、拝殿を参拝して、北に抜けていったおねえさん。

・・・この身のこなし、只者でない。弁天様?

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中学生の女のこが、笑顔でこんにちわーと言って参拝していきました。
「この場所は、ちょっと怖い」と教えてくれました。あまり人が拝まなくなったからなのでしょうか?
かつては庶民に「抜け弁天」「江戸の七福神」としてとても愛された弁天様なのですが。


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地図の案内にもあるように、西向天神社に行って社務所に立ち寄ります。


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抜け弁天から歩いて2分くらいのところにある西向天神
抜弁天厳島神社のご朱印はここで頂きます。


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御朱印を授かります。300円



■交通


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JR新宿駅から 抜弁天通過と明記されてる都営バスに乗ると分かりやすいです。

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私は千葉方面からですので、総武線で飯田橋まで行くと都営大江戸線に乗って、若松河田駅で降り河田口に出て350mくらいなところです。


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2011年10月26日

ママチャリで山武市木戸に行く4

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20日以上自転車で運動してないので、なんか身体が怠けた気味になったのと、妙にやる気がなくなったので、朝6時に起きて6時半に自転車で山武の海厳寺まで、毎月1度のお参りにいく。
天気は朝方曇ってました。

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前回は9月24日でしたが、まだ夏が残っていて暑かったのですが、この一ヶ月でだいぶ秋が深まって朝は冷えるので、ハンティグコートを着ていきました。
蓮沼街道もコスモスが咲いています。

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立派な門構えの旧家のお宅。

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成田空港に降り立つジェット。夜間などは光が綺麗です。

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いつもの海厳寺の山門に到着しました。
だいぶ自転車に乗ってなかったので、かなりゆっくり目に無理しないできたら自然とつきました。

十一面観音様をお参りします。私にとっては、健康的な生活と清らかな智慧のご加護を願う、観音様です。
この十一面観音様をお参りすると、クルマでオイル交換したようなオーラに包まれます。

合掌

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海厳寺の御神木といえる、銀杏。
立派な銀杏です。

銀杏も拝んだら、トンボ帰りで来た道を帰ります。

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東金市街方面に向けての帰路です。
平和なり、

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求名郵便局前にある公園で一休憩。
銀杏も黄色くなりはじめました。

青汁が効いたか?錆び付いていたような身体の感覚が、青汁を飲んだら動きだそうという気になりました。
青汁パワー恐るべし。

2011年10月24日

南青山5丁目 みゆき通り 大松稲荷神社

大松稲荷神社

所在地 東京都港区南青山5丁目1-7大松稲荷神社 
交通 東京メトロ銀座線,東京メトロ千代田線,東京メトロ半蔵門線 表参道 徒歩2分

そういえば、南青山のショーウインドーの並ぶみゆき通りを歩いていると、稲荷神社がぽつんとあったのが思い出された。南青山にいる時に、2〜3度参拝したことがあるのだけど、なんでここに稲荷神社があるのかなあ?と思ったら、ホームページで調べていたら出てきた。

ここにかつて御神木と思われる大きな松があったのだけど、暴風雨ありきで松の木が折れてしまい、そこに祠を建てたのが建立の由来、天保10年(1839年)に創建されたらしい。

大松稲荷と呼ばれるのは、ここに大きな松があったそのための神社ということになりますか。
ちょっと、稲荷神社があるだけだと、参拝するのも御利益信仰みたいであまり参拝しませんでしたが、大きな松があったのだなあと思うと、参拝するニュアンスも変わってきそうです。

大松稲荷神社 画像


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2011年10月23日

群馬県渋川市 猿田彦神社 

2011年07月30日 群馬県旧群馬郡群馬町

上記URLで、書いた記事でこの県道25号線(三国街道)でなにかあったのじゃないかなあ?と思っていたけど、3ヶ月もしてたらなんのことか分かった。開拓の神様猿田彦神社のことだ。(渋川では養蚕の神様とされてます)

学生時代に、当時群馬県沼田市に実家があって大学のある高崎市新町の連絡で、国道17号だと遠回りになるので県道25号、通称高渋線でバイクでとことこと走っていると、渋川の石原というところがなんとなく良い場所で、何かあるのかなあ?と思っていた。

群馬にいる時にはよくこの道は通っていたけど、2003年4月に渋川に引っ越した時に、渋川市内をバイクでうろうろ走っていたら、猿田彦神社があったなと思い参拝したことがあった。多分その引越してから2〜3週間たってからだ。

伊勢の猿田彦神社は1994年の春に大学を卒業してから、観光バスで和歌山の那智大社と伊勢神宮に行くツアーがあったので、単独で参加した。中高年とお年寄りばっかりで、面白くもなかったが那智大社にはお礼参りで参拝したかったので、安くて自分で動かなくて自動的にいけるのならいいや、と思って参加した。

伊勢神宮を参拝してから、知り合いになったおばさんが猿田様の御砂取りがあるから、それ買っていけと教えてくれたので、伊勢の猿田彦神社を参拝してから御砂を買った。

ツアーから帰ってくると、自宅の庭の4隅に巻くのだが、これが物凄いパワーで想像を絶することが次から次へと起こった。内心大変なことだと思った。しかし、あのおばさんが教えてくれなかったら猿田彦様の御砂も撒かずにいたから、あの人こそ天の使いで参加して教えてくれたのだ、と思った。

それから猿田彦様の関心ができたのだが、2003年の4月に渋川市石原の猿田彦神社を偶然参拝することになる。しかし、2003〜2004年は混乱期でもあるので深く考えることがなく、それほど尊ぶこともなかったが、2004年9月に仕事でパソコンのモニターの見すぎで、結膜炎を起こしてかゆくてたまらないから、眼科に行く事になったのだけど、そこが猿田彦神社のあるすぐ近くなのだ。

今から考えると、ちゃんと礼拝しないから神様が加護できずにいたから、良く場所を見るように結膜炎にしてお知らせしてくれたんじゃないかと。
それだけ、力のある神様なんだなあと、改めて思いました。

今度、渋川に行ったら導かれたので良く参拝しないと、と反省しているところです。

関連ページ

猿田彦神社の大和神楽(石原)

猿田彦神社 渋川市石原754(平成22年7月10日)


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2011年10月15日

上武大がトップ、箱根駅伝予選会 9校が出場権

第88回東京箱根間往復大学駅伝(来年1月2、3日)の予選会が15日、東京都立川市の陸上自衛隊立川駐屯地から国営昭和記念公園にゴールする20キロで行われ、上位10人の合計タイムが10時間12分8秒で1位になった上武大のほか、2位山梨学院大、3位国士舘大など9校が出場権を得た。

 過去82回出場の日大や、優勝4回を誇る大東大は予選落ち。

 6校までは各校の上位10人の合計タイムで順位を決定し、4位東農大、5位神奈川大、6位帝京大が本大会に出場。7位以下は関東学生対校選手権の成績を加味して順位が決まり、過去11度優勝の順大が9位に滑り込んで出場権を獲得。

2011/10/15 16:11 【共同通信】

http://www.47news.jp/CN/201110/CN2011101501000476.html


母校4年連続出場!そして今年はトップ!!

これでやっと無事に年が越せて正月が迎えられます。
来年はシード権獲得してください!10月になるとひやひやします。
2011年10月14日

伊勢崎の龍宮伝説と龍宮橋

大分、秋らしくなって柿の実も実ってきた。
ブログも2週間ぐらい更新しなかったが、フェイスブックで情報交換をしていたら母校の卒業生らの人たちと繋がって、伊勢崎のことで振り返ることが出来た。7月の下旬に東武伊勢崎線の伊勢崎周辺のことを思い出して書いていたりしたのだが、

2011年07月20日 東武伊勢崎線で伊勢崎に行く

『宮子』に何かあったような気がしてならないので、何だろう?と思っていたら、駒形バイパスでオートレース場の前を通過すると、『竜宮』という交差点があったのを思い出した。
宮子周辺は群馬に住んでいた2004年までは良く遊びにいって、カー用品のドライバースタンド、バイク部品の専門店なんかあった。女の子がいるお店も密集してるエリア。

それで、2003年の7月の半ばか宮子町に行って、一眼レフのフィルムで写真を撮っていたりしはじめ、それから何回も行っている。今のようにブログにこまめにしていれば、何回行ったか、何時行ったかデータ化されるのだけど、当時はアバウトなんでデータにしてない。

そのあたりのある時、ふとオートレース場の周辺とか、広瀬川を渡ったり戻ったりして、広瀬川の堤防をうろうろしていたのだけど、なんか森があって神社があったような覚えがある。写真を撮ろうか?と思って、その周辺にバイクを停めた記憶があるのだけど、写真がないから断定できないが、なんか岩とほこらがあったのを印象的に覚えている。

しかし、基本遊ぶために宮子町に来ているので、深く追求することなく立ち去った。

それで、検索してみたら何件か、『龍神宮』ということでホームページやブログにしているのをみて、このことだったかと気がつきました。

郷育第五弾、宮子の竜宮伝説

う〜ん、その神社の中まで入る気になれなかったようなところだから、ここかも知れない。
その時、何かに「頑張れ、頑張れ」といわれていたような気配があったので、うろ覚えに覚えているような?

こんなところに、龍宮伝説があって浦島太郎がいるのは胡散臭いと思われても仕方なく。
私思うに、龍宮の乙姫というのは海の中にいるようなおとぎ話の乙姫じゃなくて、山におり川ずたいに下りてくるという龍宮の乙姫が本当だと思う。この場所も赤城から下りて、広瀬川流れるところで、龍神の動きが活発で赤城山から下る県道は龍神信仰の厚い地域がいくつもある。

だから、ここがもしかしたら龍宮(わだつみのみや)があってもおかしくないよなサンクチュアリ(聖域)だとは思うけど、なんとかここをサンクチュアリぽく、しようとして浦島太郎の石造を作ったのが大失敗して異様な違和感を与えているのではないだろうか?と。
ない方が、よっぽど信憑性がある・・・何故、ここに龍宮伝説が・・・

古事記に出てくる龍宮場らしきものは、琉球にあると書かれているが、海の中だとか書いてない。海の中だったら『海宮城』になるから、おとぎ話の龍宮城と混同したら、ここの龍神が怒るような気がする・・・。


こんな本があるらしい。

■ 呼称(漢字) 竜宮,乙姫
■ 執筆者 井田安雄
■ 論文名 第二編 三 二 群馬の伝説:(三)群馬の伝説の代表例
■ 書名・誌名 群馬県史 資料編27 民俗3
■ 巻・号/通巻・号 27巻
■ 発行所 群馬県
■ 発行年月日 S55年3月31日
■ 発行年(西暦) 1982年
■ 開始頁 770
■ 終了頁 848
■ 掲載箇所・開始頁 801
■ 掲載箇所・終了頁 802
■ 話者(引用文献)
■ 地域(都道府県名) 群馬県
■ 地域(市・郡名) 伊勢崎市
■ 地域(区町村名) 宮子町

■ 要約 斎藤氏の先祖の阿感坊が、竜宮島の所へ藤蔓切りに行って川に落とした鉈を追いかけて、竜宮に着いた。竜宮に3日いて乙姫様から観音様・瑪瑙・玉手箱を貰って帰って来たら3年経っていた。阿感坊は口止めされていたが殿様から責められ、喋ろうとして口を開いたら死んだ。瑪瑙は宮子神社にあったが火事のとき飛び出し、木に挟まった。観音様は以前は区長が管理していたが、今は竜宮祠が管理している。玉手箱は斎藤家にある。

この龍宮伝説は、正直者の泉で斧を落としたのと、足して2で割ったような話で面白い。
『竜宮島の所へ藤蔓切りに行って川に鉈を落とした』
藤というのも何か引っかかる。柿を取りに行ったわけじゃない。

また、このことについて考えてみよう。
どちらか、現地に行って画像を綺麗にとっていただけるとありがたいのだけど。

ここは『龍神宮』というのが正式な呼び方らしい。

全体像
http://www13.plala.or.jp/gunmanotabi/kp-ryujingu.html


場所はおそらくこのあたり




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